藤堂研究室へようこそ

シミュレーションで探る量子多体現象

物質の状態を知るには、多体のシュレディンガー方程式を解き、統計力学の分配関数を求めればよい。しかしながら、現代のスーパーコンピュータの計算能力をもってしても、完全な解を求めることは不可能である。そこで、対称性や量子相関など、もとの方程式の中に含まれている物理的に重要な性質を失うことなく、シミュレーションを実行しやすい形へ表現しなおすことが、計算物理における重要な鍵となる。

藤堂研究室では、モンテカルロ法などのサンプリング手法、経路積分に基づく量子ゆらぎの表現、特異値分解やテンソルネットワークによる情報圧縮、統計的機械学習の手法などを駆使し、量子スピン系から現実の物質にいたるまで、さまざまな量子多体系に特有の状態、相転移現象、ダイナミクスの解明を目指している。さらに、量子コンピュータの基礎理論や量子機械学習アルゴリズムの研究、次世代シミュレーションのためのオープンソースソフトウェアの開発・公開も進めている。

セミナー


最近の研究より

変分量子回路パラメータ最適化のための逐次最小問題最適化法

optimization.png近年、量子コンピュータによる量子状態計算と古典計算機による最適化を組み合わせて計算を行う量子古典ハイブリッドアルゴリズムが注目されている。量子古典ハイブリッドアルゴリズムの応用先は、量子化学計算や組合せ最適化、量子機械学習など多岐にわたる。これらのアルゴリズムでは、変分量子回路を用いて計算されたコスト関数が最小になるように変分量子回路のパラメータを最適化する。我々は、変分量子回路のパラメータ最適化のための手法として、逐次最小問題最適化法を提案した。変分量子回路の最適化問題は、解析的に最小値を求められる部分問題に分割できる。具体的には、変分量子回路のパラメータの中から 1 つを選択し、それ以外のパラメータを固定すると、コスト関数は周期$2\pi$の三角関数となっているので、そのパラメータに関して最小値を厳密に求めることができる。この部分問題を繰り返し解くことにより、コスト関数を最小化するように変分量子回路を最適化できる。提案手法を既存の最適化アルゴリズムと比較した結果、提案手法は既存のアルゴリズムよりもはるかに収束が速く、統計誤差に対して頑健であることが明らかとなった。また、提案手法はハイパーパラメータを持たないという点でも利用しやすいアルゴリズムとなっている。提案手法はあらゆる量子古典ハイブリッドアルゴリズムの高速化の目的で容易に導入することが可能であり、量子コンピュータの利用において重要なツールとなると期待される

ランダム系における多体局在現象

mbl.png孤立量子系の研究において、ランダムネスによって励起状態の性質が転移することが注目されている。ランダムネスの弱いときは非局在状態、強いときは局在状態が現れ、多体局在現象(many-body localization)と呼ばれている。我々は、その転移点を求めるため、ハミルトニアンの疎性を用いて任意のターゲット付近の固有ベクトルを高速に求めるSI Lanczos法を、ランダム磁場ハイゼンベルグ模型に適用し、少数の粒子系で完全対角化と同じ結果を再現できることを確かめた。また、連立一次方程式の求解にLU分解ではなくKrylov部分空間法を用いることで、ヒルベルト空間の次元のオーダーの空間計算量で固有ベクトルを求めることができるようになった

開放量子多体系の熱平衡化

非平衡環境下における開放量子多体系の熱平衡化現象について、テンソルネットワークに基づくアルゴリズムを用いた研究を行なった。孤立量子多体系の熱平衡化は固有状態熱化仮説(ETH)によって理解することができる。近年、リンドブラッド型の量子マスター方程式で記述される開放量子多体系についても、ETHに基づく議論によって熱平衡化が議論できることが明らかになった。しかし、この議論には熱力学極限と弱結合極限の交換に関する問題を含んでおり、大規模数値計算と有限サイズスケーリングに基づく検証が必要だった。テンソルネットワークによる数値計算では、並進対称性を仮定することで熱力学極限における状態を直接表現することが可能である。我々は、行列積演算子を用いて熱力学極限におけるリンドブラッド方程式の数値計算を行った。これによって、弱結合極限において系の初期状態がギブス状態であるとき、非平衡定常状態に至るまでの緩和過程の全てにおいて状態はギブス状態と区別できないことを示した

テンソルネットワーク法パッケージTeNeS

量子多体系の状態を表すベクトル(状態ベクトル)の次元は、粒子数に対して指数関数的に増大するため、大きな量子多体系を計算機を用いて解析するには、状態ベクトルの情報を効率的を圧縮し、精度良く近似することが有用である。そのような情報圧縮法の一つであるテンソルネットワーク法は、特に相互作用にフラストレーションの存在する量子スピン系の解析に対して強力な方法である一方、これまでに、一般的な模型に簡単に適用できるシミュレーションソフトウェアは存在しなかった。我々は、任意の2次元格子上のスピン模型に対してテンソルネットワーク法を適用して基底状態を計算できるソルバー「TeNeS」を開発・公開した。また、量子モンテカルロ法など量子格子模型のための汎用シミュレーションソフトウェアALPSや並列厳密対角化パッケージHΦなどの公開・開発も行っている

行列演算ライブラリーBLIS

BLISは米国テキサス大SHPC研が開発している柔軟かつ高速的な行列演算ライブラリーである。標準のBLASとの互換性を保っており、AMDの公式BLASとして採用されている。BLISは最小限のコーディングから最大性能を引き出すことで知られており、様々なプラットフォームにおいて公式のBLASを凌ぐ性能を発揮する。BLIS はCで書かれたフレーム部分とそれぞれのCPUアーキテクチャに特化したアセンブラカーネルから構成され、そのアセンブラ部分こそがBLIS高速化の鍵となっている。我々は、ドイツの Jülich 研と共同で、「富岳」のA64FXプロセッサに最適化したBLISのアセンブラカーネルを開発した。現在、富岳の1ノードにおいて、BLISの性能は理論ピークの75%を実現しており、これはArmPLや富士通SSL2(2021年2月版)をも凌いでいる。今後、90%以上のピーク性能を目指し、さらにチューニングを進める予定である