藤堂研究室へようこそ

シミュレーションで探る量子多体現象

物質の状態を知るには、多体のシュレディンガー方程式を解き、統計力学の分配関数を求めればよい。しかしながら、現代のスーパーコンピュータの計算能力をもってしても、完全な解を求めることは不可能である。そこで、対称性や量子相関など、もとの方程式の中に含まれている物理的に重要な性質を失うことなく、シミュレーションを実行しやすい形へ表現しなおすことが、計算物理における重要な鍵となる。

藤堂研究室では、モンテカルロ法などのサンプリング手法、経路積分に基づく量子ゆらぎの表現、特異値分解やテンソルネットワークによる情報圧縮、統計的機械学習の手法などを駆使し、量子スピン系から現実の物質にいたるまで、さまざまな量子多体系に特有の状態、相転移現象、ダイナミクスの解明を目指している。さらに、量子コンピュータの基礎理論や量子機械学習アルゴリズムの研究、次世代シミュレーションのためのオープンソースソフトウェアの開発・公開も進めている。

セミナー


最近の研究より

物質科学シミュレーションのポータルMateriApps

materiapps.jpeg日本国内においても、高性能な物質科学シミュレーションソフトウェアが数多く開発・公開されているが、その知名度は必ずしも高くない。また、ドキュメントの作成やユーザサポートにも問題が多く、普及の妨げとなっている。物質科学アプリケーションのさらなる公開・普及を目指し、物質科学シミュレーションのポータルサイト「MateriApps」の整備を行っている。また、気軽にシミュレーションを始めることのできる環境構築を目指し、仮想Linuxシステム「MateriApps LIVE!」、MateriAppsアプリケーションのインストールスクリプト集「MateriApps Installer」の開発・公開も進めている。

幾何学的割り当て法によるワームアルゴリズムの改良

worm-Ising.jpgモンテカルロ法では和をとるべき「状態」に制約があり、制約を満たしながらサンプリングすることが難しい場合があります。(例として、充足可能性問題。)そのような状況でうまく状態を変えてサンプリングする方法として代表的なのが、ワームアルゴリズム(worm algorithm)と呼ばれる手法です。ワームとは制約を破るキンク(点)のことで、ワームアルゴリズムのアイデアは「制約を常に満たすのは難しいから、いったん制約を破ってしまって後でつじつまを合わせよう」というものです。このモンテカルロ法では制約を破るワーム(キンク)を導入して、ワームを確率的に動かすことでサンプリングを行います。従来の方法では、ワームをほぼ完全にランダムに動かすようにしていました。そこで我々は効率の良い計算をするためのワームの動かし方に関する指針——できるだけ前へ進めという指針——を提案しました。これを可能にするためには、ワームが動く確率を最適化する必要があるのですが、以前我々が開発した確率最適化アルゴリズム Phys. Rev. Lett. 105, 120603 (2010) を使うと簡単に実装できます。そうして最適化したワームアルゴリズムを制約つき問題に書き直したイジングモデルに応用し、従来のワームアルゴリズムと比較して計算効率を25倍改善しました。これはイジングモデルに対して最も効率的だと信じられているクラスターアップデートよりもさらに効率的です。

 

スピン軌道絶縁体における励起子ボーズ・アインシュタイン凝縮

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近年注目を浴びている 5d 軌道の電子系では電子間相互作用とスピン軌道相互作用の両方が重要になります。我々はスピンと軌道が強く相互作用する場合、電子間のクーロン相互作用が励起子(電子と正孔の結合状態)を安定化させボーズ・アインシュタイン凝縮を引き起こすことを示しました。このように励起子のボーズ・アインシュタイン凝縮により生じる絶縁体相は励起子絶縁体と呼ばれ、現実の物質ではこれまでほとんど見つかっていませんでした。今回提案した理論を 5d 軌道の電子系であるイリジウム酸化物に適用し、2層系が長い間探されてきた励起子絶縁体であることを予言しました。またこの2層系の物質は、励起子がボーズ・アインシュタイン凝縮を起こす量子相転移のすぐ近くにあることを理論的に見出しました。相対論の効果でスピンと軌道が強く相互作用する 5d 電子系では、電子間のクーロン相互作用と電子の運動エネルギーが同程度であることが本質的に重要となることを示しました。

テンソルネットワークくりこみ群

TRG_bond3.pngテンソルネットワークを用いた実空間くりこみ群法は、多体スピン系に対する数値計算手法として近年広く用いられてきている。テンソルくりこみ群法では大規模な古典系/量子系の物理量を効率的に計算することができる。しかしながら、Tensor Renormalization Group (TRG)やHigher-Order Tensor Renormalization Group (HOTRG)といった既存の手法では、高次元になるほど計算量が膨大になってしまうという問題点があった。この問題を解決するために、既存手法に比べて計算量が低い手法や、同じ計算時間でより精度の高い複数の手法を開発してきた。我々の提案したAnisotropic Tensor Renormalization Group (ATRG)では、3次元量子系など高次元系における計算量を劇的に減らすことができる。さらに、テンソルネットワークをテンソルを頂点上だけでなく頂点を結ぶ線上にも置いた形に拡張することで、実空間くりこみ法の精度を、既存の同程度の計算時間を要する数値計算手法に比べて100倍程度高めることに成功した。この手法は一般のテンソルネットワークに対して適用可能である。また、ランダム系やフラストレート古典スピン系へのテンソルネットワークの応用についても研究を進めている

イジングモデルの機械学習臨界温度

critial-temperature.pngイジングモデルの臨界温度決定問題について、これまで近似を用いる手法や計算機で数値的に解く手法が主流であった。我々は、異なるアプローチとして、ニューラルネットワークを用いる手法を提案した。格子の特徴量として格子グリーン関数を用いることで、異なる構造の格子に対して共通のニューラルネットワークを用いて臨界温度を予測することが可能となる。4種類の格子を用いテストを行った結果、学習データに含めた格子については高い精度で臨界温度予測に成功した。また学習データに含めていない格子についても、部分的ではあるが、臨界温度の予測が可能であることを示した