藤堂研究室へようこそ
シミュレーションで探る量子多体現象
物質の状態を知るには、多体のシュレディンガー方程式を解き、統計力学の分配関数を求めればよい。しかしながら、現代のスーパーコンピュータの計算能力をもってしても、完全な解を求めることはできない。そこで、もとの方程式の中に含まれる、物理的に重要な性質を失うことなく、シミュレーションを実行しやすい形へ表現しなおすことが、計算物理における重要な鍵となる。藤堂研究室では、モンテカルロ法に代表される確率的なシミュレーション、経路積分に基づく量子ゆらぎの表現、特異値分解やテンソルネットワークによる情報圧縮、統計的機械学習の手法などを駆使し、古典/量子スピン系やボーズハバード系などに代表される強相関多体系における新奇な状態や相転移現象の探索・解明を目指している。また、最先端のスーパーコンピュータの能力を活かすための並列化手法の研究、次世代シミュレーションのためのオープンソースソフトウェアの開発・公開も進めている。
セミナー
最近の研究より
- 藤堂研究室発表論文リスト(2002-)
フェリ磁性体スピネル化合物における顕著なスピン格子結合
これまで反強磁性体では、スピンフラストレーションとスピン格子結合の競合現象が起きることが知られていた。このような現象が他の系や物質でも生じるのかどうかは興味深い問題である。我々はフェリ磁性体スピネル化合物においても、スピン格子結合が重要な役割を担うことを明らかにした。フェリ磁性体スピネル化合物MnCr2S4の磁化曲線を110テスラの高磁場まで調べ、新たな磁場誘起相転移を発見し、磁場温度相図を決定した。また磁歪と超音波を60テスラまで測定し顕著なスピン格子結合を見出した。この物質に対する有効模型を考案し、モンテカルロ計算を用いて実験結果を高精度で再現することに成功した。実験的に観測された巨大プラトー相と非対称スピン秩序相が、スピン格子結合により安定化されることを明らかにした。我々が発見した非対称スピン秩序相ではマルチフェロイックな性質が創発されるため、今後の工学的応用が期待される。
- A. Miyata, H. Suwa, T. Nomura, L. Prodan, V. Felea, Y. Skourski, J. Deisenhofer, H.-A. Krug von Nidda, O. Portugall, S. Zherlitsyn, V. Tsurkan, J. Wosnitza, and A. Loidl Spin-lattice coupling in a ferrimagnetic spinel: Exotic H-T phase diagram of MnCr2S4 up to 110 T, Phys. Rev. B 101, 054432 (2020), preprint: arXiv:1911.12103
テンソルネットワークくりこみ群法の高速数値計算手法開発
テンソルネットワークを用いた実空間くりこみ群法は、多体スピン系に対する数値計算手法として近年広く用いられてきている。テンソルくりこみ群法では大規模な古典系/量子系の物理量を効率的に計算することができる。しかしながら、Tensor Renormalization Group (TRG)やHigher-Order Tensor Renormalization Group (HOTRG)といった既存の手法では、高次元になるほど計算量が膨大になってしまうという問題点があった。この問題を解決するために、既存手法に比べて計算量が低い手法や、同じ計算時間における精度の高い複数の手法を開発してきた。例えば、Anisotropic Tensor Renormalization Group (ATRG)では、三次元量子系など高次元系における計算量を劇的に減らすことができる。さらに、ボンド重みを取り入れたテンソルくりこみ群法やGraph-independent loop reduction methodsといった手法との組み合わせにより、ATRGの精度のさらなる向上を進めている。
- Daiki Adachi, Tsuyoshi Okubo, Synge Todo, Anisotropic Tensor Renormalization Group, preprint: arXiv:1906.02007.
実験データと第一原理計算を組み合わせた結晶構造決定
結晶構造推定は非常に難しい問題として古くから知られており、様々な推定方法が開発されてきた。特に最近では、実験データがある場合にはエネルギーの最適化と実験データの再現を同時に行うことによって、結晶構造推定の成功率を上げられることが知られてきている。その際に用いられる方法は、実験データの再現度とエネルギーを足し合わせた新しい評価関数を用いて最適化を行うと言った方法である。しかしながら、2つの評価関数を 足し合わせてしまっているため、それぞれの評価関数の情報が失われてしまうといった欠点がある。我々は2つの評価関数の同時最適点を探る方法として重ね合わせ最適化法を開 発し、その性能について調査を行なっている。例えばSiO2系は、エネルギーの局所最 適点が多く存在するため結晶構造を決定するのが難しい系であるが、我々の方法を用いることで結晶構造の推定精度が大幅に上昇することことを確認した。
- 藤堂眞治, 常行真司, X線回折実験とシミュレーションのデータ同化による結晶構造解析, 日本結晶学会誌 62, 51-55 (2020).
- Daiki Adachi, Naoto Tsujimoto, Ryosuke Akashi, Synge Todo, Shinji Tsuneyuki, Search for Common Minima in Joint Optimization of Multiple Cost Functions, Comp. Phys. Comm. 241, 92-97 (2019). (preprint: arXiv:1808.06846)
- Naoto Tsujimoto, Daiki Adachi, Ryosuke Akashi, Synge Todo, Shinji Tsuneyuki, Crystal structure prediction supported by incomplete experimental data, Phys. Rev. Materials 2, 053801 (2018). (preprint: arXiv:1705.08613)
キタエフスピン液体のテンソルネットワーク解析
近年、強いスピン軌道相互作用の存在により、有効スピンの間に異方的なキタエフ相互作用を持つ物質群が注目を集めている。キタエフ相互作用のみが存在するハニカム格子上のS=1/2量子スピン模型(キタエフ模型)の基底状態は非磁性のスピン液体状態になっており、このような"キタエフスピン液体"が現実の物質で実現する可能性が議論されている。我々は、以前に提案したキタエフスピン液体のテンソルネットワーク表現(ループガス状態)を拡張することで、スター格子と呼ばれる格子上でのキタエフ模型の基底状態相図を計算した。その結果、ループガス状態は、「カイラルスピン液体」と呼ばれるスピン液体をを定性的・定量的に表現することができ、さらに、異なるカイラルスピン液体(AbelianとNon-Abelian)の間の相転移も表現できることを明らかにした。また、RuCl3の有効模型に対する磁場中基底状態の解析にもテンソルネットワーク表現を適用し、磁場の印加によりゼロ磁場での磁性状態が抑制されて、非磁性状態が安定化することを明らかにした。
- Hyun-Yong Lee, Ryui Kaneko, Li Ern Chern, Tsuyoshi Okubo, Youhei Yamaji, Naoki Kawashima, Yong Baek Kim, Magnetic field induced quantum phases in a tensor network study of Kitaev magnets, Nat. Comm. 11, 1639 (7pp) (2020). (preprint: arXiv:1908.07671)
- Hyun-Yong Lee, Ryui Kaneko, Tsuyoshi Okubo, Naoki Kawashima, Abelian and Non-Abelian Chiral Spin Liquids in a Compact Tensor Network Representation, Phys. Rev. B 101, 035140 (9pp) (2020). (preprint: arXiv:1907.02268)
- Tsuyoshi Okubo, Kazuya Shinjo, Youhei Yamaji, Naoki Kawashima, Shigetoshi Sota , Takami Tohyama, Masatoshi Imada,
Ground-state properties of Na2IrO3 determined from an ab initio Hamiltonian and its extensions containing Kitaev and extended Heisenberg interactions,
Phys. Rev. B 96, 054434 (2017)
共振器系での動的な協力現象
レーザー照射下で現れる光双安定性は、レーザー強度に対して共振器中のフォトン数が双安定な状態を示し、またその間を不連続に跳ぶといった一次相転移現象に似た振る舞いの現れる相転移現象である。このような非平衡系で現れる動的な協力現象を、大規模な数値計算によって量子力学的な微視的模型から解析を行った。具体的には多数のフォトンと多数の二準位原子からなる量子マスター方程式を近似なく解く並列計算を実行した。量子マスター方程式の時間発展演算子の固有値・固有状態から、定常状態でのフォトン数分布関数のサイズ依存性、および緩和時間のサイズ依存性を調べ、平衡系での一次相転移に対応する結果を得た。従来の研究と比べフォトン数密度の小さな領域では、準安定状態のレーザー周波数依存性が定性的に異なることを明らかにした。また、レーザー強度を時間周期的に変調させることで、その周期に対し動的な相転移現象が現れることを明らかにした。
- Tatsuhiko Shirai, Synge Todo, Seiji Miyashita, Dynamical phase transition in Floquet optical bistable systems: An approach from finite-size quantum systems, Phys. Rev. A 101, 013809 (7pp) (2020). (preprint: arXiv:1910.10618)
- Tatsuhiko Shirai, Synge Todo, Hans de Raedt, Seiji Miyashita, Optical bistability in a low-photon-density regime, Phys. Rev. A 98, 043802 (13pp) (2018). (preprint: arXiv:1804.09853)